2013.5.13 奥田サロン「女性の多様な生き方を考える 奥田浩美×池田美樹」

女性の多様な生き方を考える 奥田浩美×池田美樹

奥田) 奥田サロンへようこそ。

私は、毎月自分が興味のあるテーマをもとに、色々とディスカッションをして、私の考えを述べるサロンを開いています。いろいろと今、女性、女性、女性、と鬱陶しいくらい言われるようになっていて(笑)、私自身は4年前くらいからずっとコツコツとやってきたなかで、逆にすっごい今はチャンスなんじゃないかと思ったときに、唐突ですが、くまもんの着ぐるみを着てワイン会をしようよ~という女性がいてですね(笑)、二人で飲むくらいだったら私たちトークしたら良いじゃない、ということで、今日は池田美樹さんをお呼びしました。(会場拍手)

池田) 池田美樹と申します。初めまして。私はマガジンハウスという会社で女性誌をたくさん作ってきました。後で話しても良いんですけど、その前は男性向けのエロ本を三年間作っていて、全く今は違う。マガジンハウスに入社したときは、オリーブという雑誌に最初所属をしたんですけども、女の子を脱がせる仕事から女の子に着せる仕事に転職したという風に思いました。

その前は、実は浩美さんは鹿児島、私は熊本出身ということで、非常に保守的な土地に過ごしていまして、家出同然のように飛び出して東京で頑張ってきて、運よく今に至ります。そんなこんなでなぜか女性誌の仕事に17、18年携ってきて、なぜか疑問を抱かずにやってきたんですね。何かもしかしたら間違っていたんじゃないか、と考えるようになって、奥田さんと飲みながら話そうぜ、ということになって今回こういう会になりました。今日はよろしくお願いします。

“女性”というカテゴライズは必要なのか?

奥田) 今日は、私達がトークするのも主にしたいんですけど、出来るだけみなさんの意見を聞きたいな。事前に5つのテーマを出していただいて、興味がありそうなのを2つ選びました。まず、テーマの一つなんですけど、最初に「そもそも“女性”というカテゴライズは必要なのか?」ということをお話したいと思います。

美樹さんにこれを選択した理由をお聞きしたいんですけど。

池田) 先ほどのお話をしましたけど、女性誌の仕事をしていると、女性・男性、という風に分けて考えるのが常に私の当たり前の思考になっていて、それで、この間のHUFFINGTON JAPANが発刊したのをみなさんご存知だと思うんですけど、私、アリアナ・ハフィントンとお話する機会がありまして、アリアナさんを捕まえて「どうしてHUFFINGTONにはウーマンってカテゴリーがないんですか?」ということを聞いたところ、

政治にだってビジネスにだって女性も男性もいるのが当たり前じゃない、と。どうして女性と言うカテゴリーを立てる必要があるの?

と問い返されたんですよ。その時にひじょーに私はハッとしまして、あ、本当にそれを当たり前のことだなあ、と私自身がそのことを完全に忘れていたな、という風に思ったんですよ。それがまず大きい理由ですね。

奥田) その様子を私はfacebookで見て、私自身は逆に数年前に女性というカテゴリーに注目するようになった…と思う経験があったので、まさにこの話をしたいなあ、と思って今日今ここにいます。

まず私自身、女性というカテゴライズが必要かどうか、という話をさせてください。

私は26歳のときに起業して、日本中にテクノロジーを広める事業を最初に立ち上げたんですね。

男女関係なく、やったことがない人たちばかりなので、基本的に私が進む先はずっとブルーオーシャン。つまり、初めてやる人は男女関係なく必ず評価される。そして、利益を見出す、ということをやってきました。26歳からずっと女性であること自体は別にデメリットではないと思ってきました。ほんの4年前前までです。

あともう一つは、私、22歳から24歳まで社会福祉の修士で学んでいまして、その時に学んだというか、研究した内容がマザーテレサの施設だったんですね。マザーテレサの施設って女性しかいないし、宗教の後ろ盾があることを考えなきゃいけないとはいえ、女性の力で世界を変えているという環境で育ったんです。

ある意味日本人としてはすごく特殊かもしれませんが、「女性って抑圧されて何もできないという環境」じゃなく「当たり前のように女性が活躍している」ところで育ったのと、「ITの世界に飛び込んだ」ということで、全く本当にデメリットを感じずに生きてきました。

でも、3年前ですかね、APECの会議「女性のリーダーズ会議、女性の起業家会議」が日本で開かれることを聞いたのです。

その時に参加の面々を見たのですが、私達がすぐにこうなりたい!と思える人たちがいなくて、というのも40代、50代くらいの人しかいなかったんです。

本当に恥ずかしいことなんですけど、その時に初めて、「もしかして日本って女性に優しくない社会なのかな」って気づいたんですね。

で、私はその時に9歳か10歳の娘がいて、娘にそういう社会に飛び出してほしくない、と思ったんですね。つまり、娘はこの私が育てたので、私がスタンダードだと思って育っている訳ですよ(笑)で、これが女性の姿と思って育った時に、社会に出て「ヘッ?」て思うのはちょっとな、と思ったので、私はAPECの準備をしている内閣府に企画を持ち込みました。

もう少し、女性が20代、30代でも頑張っている人たちがいるんだということを表現させてください、ということで飛び込みに近い形で企画を持ち込んだら、内閣府がそれを受け入れてくれて、それにAPECのブースを出す企画が出来たんですね。

というようなことで、4年前から始めて、女性というカテゴリーを発信することがあえて必要だと感じたんです。つまり、女性でもこんなことができるよ、という舞台としての「女性枠」が必要なのは?と思っています。

均質化された人たちが集まったときの違和感について

池田) 今お話を伺っていると、良い所も悪い所もあって、カテゴリーが全くいらない、と言ってしまうのも危険だし、女性は女性でかっこいいと思っているのも無しだな、と思っているというか、どちらも縦横無尽に行き来すれば良いんじゃないんですかね

でも私は、何かをやるときに女性だけでかたまろう、という傾向が特に多いと思うんですけども、何かこうサークルを作ったり、とかね、何か運動をするってときに女性だけでやりましょうよっていうあの胡散臭い感じがもう本当にイヤなんですよ(笑)

奥田) 女性が理想とする姿で集まっている人が、”妙に綺麗で、妙に元気があって、型にはまった感じ”ね(笑)。男女雇用機会均等法が施行されてから私が一期生で、美樹さんが二期生、そういう時代でしたね。もうすぐで50歳という世代なんですけど。

池田) 均質化された人たちが集まる本能的な気持ち悪さみたいなのを感じるんです。私、高校は女子高だったんですよ。やっぱりそれはすごく楽しい時間だった。で、誰もいないので夏はスカートバッサバッサやったりしてね(笑)でも、このユートピアみたいな時間というのは、あんまり向上がなかったような感じ、というような時間だったんですね。なんか、均質化された人たちが募うというのは、心地は良いけれども、刺激はないというか。

奥田) 女子高はどうして選ばれたんですか?

池田) それがまたねえ、親戚一同みんなその女子高に行くっていう伝統があって、他にも高校は受けたところがあったんですけど、どうしてもやっぱ引っ張られていってしまったのですね。

奥田) それは私もこの前大学で学生さんの前で話したときに、22歳で親の道以外を選んだと、そういう話をしていたので、九州ってみなさんが思った通りある程度親の権限がすごく強いのですけど、それに揉まれてくるので、逆に女性が強く育つところがあって、強い人はちゃんと強く育ちますね。

池田) やっぱり女性だけで集うっていう気持ち悪さっていうのに今でも私の中であって、その象徴的なのが今日の日経新聞のウーマンのね、ウ―マノミクスのあれがもう、なんで女性誌なのか。

奥田) ご覧になった方おられますか?今日ちょうど女性のサイトが立ち上がっていましたね。私は女性に焦点を当てて議論をしていくという点ではとっても評価しています。

ところで、今日のこのプレゼンの資料を見てなんか嫌だなって感じられた方はいませんか?

女性性の選択と押し付け

奥田) あえてこれを作ったんですけど、女性というテーマを扱うときにお花があって、リボンがあるじゃないですか。今日の女性向けサイトもピンクなんですよ。

私たちはそれにすごく違和感を抱いているんですけど、私が持っている自分の携帯はこれ(ピンク)、カメラはこれ(ピンク)。女性サイトを見たときに、嫌だなって思ったのに、自分が持っているのはピンク。

でも、その両方を見ると、両方の気持ちが存在しても良いのかなって答えがでています。

池田) さっきから話していて思ったのは、自分が選択するんだったら良いんですよ。例えば、浩美さんだったら黒が多くて、アクセントで赤を取り入れていたりして、気持ちが高まったりするじゃないですか。私も服装はシンプルなものが多いんですけども、ピンクの名刺入れを持っていたら気持ちがふっと柔らかくなったり、相手に女性っぽい一面を見せることが出来たりするじゃない。でも、あなたはピンク色の物を持ちなさい、と言われると、もうもうもう嫌になる(笑)

奥田) そうそう。でも、どれでも選んで良いよと言われると、私花柄も好きだし、ベッドルームとかも花柄にしたくなるんですよ(笑)だから、自分が選択する性と押し付けられる女っていうのがなんか違うんじゃないかなって思う。つまり、自分は女っていう性も選べるけど、人間っていう中で女を押し付けられる、なんかそれをこういう表現とか、このサイトなんか変だと思いませんか?と言われたときに、やっぱピンクかーってムッとするかもしれないけど、私はこれを可愛いと思う。

っていう形で何が言いたいかというと、結論付けたくはないんですけど、自分は女というのは自分が持っているものなので、ちゃんとそれを認めたい、でも、お前は女だということを押し付けられたくはない、なんとなくそんな感じがするんですよね。

なので、社会を見るときに女であるということを制限されるのは嫌だけど、女を押し付けられるのはもっと嫌っていうことかなあ、とそもそも女性というカテゴライズが必要かというときに、私が選択肢として持っている女に関して意識をシェアしましょう、というのはすごく心地良いんだと思う。

でも、あなたが女でいるために何かを話し合いなさい、と言われたら?

池田) 嫌なんです。

奥田) こういうことに対して何か意見のある方とか実体験がある方います?

池田) 私、大学時代にすごく優秀な友人がいて、彼女は完全に女性性を否定して、髪を常に短く切っていたし、絶対にパンツスタイル、遠目に見たら男性にしか見えないスタイルをしているわけですよ。で、そこまで自分の性を否定するということは何か違うんじゃないか、と思うんです。彼女は極端だったと思うんですけど。でも、自分は女性であるということを押し付けられるのは嫌というのはどのくらいの加減なんだろうって思うんです。

奥田) 私は人それぞれだと思っていて、私といつも接している方は知っているかと思いますが、私はスカートしか履きません。それは、女性の選択肢としてのスカートを選ぶ、それで、あえて男性社会の中で同じようにいようと思わなかった私のスタイル。つまり、ふくよかだとうがなんだろうが女性として私は生きていきたい。それで、社会の中で「女性だから」というようなマイナス点は特に感じなかった。だったらそのまま生きていこうと思ったんですけど、やっぱり何かこう生きにくいということをひしひしと感じるのは何でだろうって思うんです。女性誌ってそういうことを社会問題として出していくじゃないですか。

池田) いや、でも私が関わってきた女性誌って女性のカテゴライズの中でしか考えてないんですよ。そうやって外の世界とコミットしてないよね。私の20年くらいの仕事の相棒がいて、女性誌って外の世界とコミットしようとあんまり考えていないんですよ。恋愛として男性と関わるということはあるんですけど、意外と結構それ以外は閉じていますね。

奥田) 今女性誌では、どういう話題が購読増えていますか?

池田) やっぱりね、ananの年に1回のsex特集かな。でも、今までにお伝えしてきたことが一つ現れていることがあるって思うのは、ananだと内容がかなり過激なんですよ。

奥田) 男性で買われた方いますか?あ、いた!(笑)

池田) かなり過激なんですけど、ananの表紙だから、女の子は買えるっていうんですよ。ということは、普段は女性にとって触れたくても触れられない情報なんですよ。それが端的に表れているなあ、と思いました。

奥田) だからやっぱり知りたい情報だけど、私がさっきからこうかな、こうかなって検証している女性の性については女性の体だから知りたい、だけど女性手帳はお断り。私、女性手帳の素晴らしさって、きっとあなたたちはどういう仕組みがあって、そういうことを知って選択肢があるんだから、もうちょっと早くから妊娠できるものだから、考えましょうねって教えてくれるものだから素晴らしいんだよなって思おうとしたんです。とにかく何かを見るときに私は否定から入らないんですね(笑)まず、何かが出てきたからには、きっとその人たちは信じて良いことをやろうとしている、一歩そう思おうとしたんですけど、そっから先9割は否定になってしまう(笑)女性手帳をどう思いますか?

池田) Woman Type(ウーマンタイプ)さんというところでコラムを書いているんですけど、そこで先週末にちょうど女性手帳のことを書いたんですけど、女性手帳自体は押し付けがましくて嫌なんですけど、今こうやって議論が盛り上がっているじゃないですか。そもそも女性手帳という爆弾が投下されなければ、こういうことについて議論することもなかったし、考えることもなかったと思うんですよ。女性は30代半ばまでに妊娠し、出産するということは医学的にそうなんだって思う人もいると思うし。

奥田) そう、ここ2年くらいなんですよね。卵子が老化するっていう話が出てきたのは。初めて女性たちに突き付けられて、女性はキャリア築いてから出産すれば良いやって思ったんですけど、私も35歳になって焦って出産したんですよ。それを知らされていなかったということも大きいと思うんです。

池田) それ以外のことも女性に対して教えてきていなかったんじゃないか、とか男に教えてこなかったことがあるんじゃないか、とか女性の根本的な性についてのライフスタイルに対しての議論を投下したんじゃないかって考えたときには意味があるのではないか、と思いました。

Vol. 2に続く