「〇〇ファースト」が響く今、アウシュビッツを訪ねた理由


【奥田浩美ブログ】

娘と旅したアウシュビッツ。「〇〇ファースト」が響く今、考えたこと。

2017年から、私は娘とその年のテーマを決めて世界の旅を続けています。今年のテーマを探る訪問地は、ポーランドのオフィシエンチム。つまり、アウシュビッツを訪れる旅でした。テーマは「人権」・「分断」・「平和」。

「アメリカ・ファースト」「我が国ファースト」。
今年に入って特に、こうした言葉が世界中で力強く響き渡っています。自国の利益を最優先するという主張は、一見すると頼もしく聞こえるかもしれません。しかしその裏側で、私たちは無意識のうちに「内側」と「外側」を分ける壁を、自らの心の中にどんどん高く積み上げているような気がしてなりません。

 

なぜ今、アウシュビッツを訪れたのか

そんな空気が世界を覆う今だからこそ、ポーランドの地、アウシュビッツ=ビルケナウを訪れることには、特別な意味があると感じていました。

現地に足を踏み入れると、そこにあるのは、どこまでも続くかのような静寂と、あまりにも穏やかな空。しかし、目の前には錆びた有刺鉄線、無言で続く線路、そしてガラスケースに収められたおびただしい数の靴やカバンが、紛れもない歴史の事実を突きつけてきます。

悲劇の始まりは、ほんの些細な「分断」から

アウシュビッツの悲劇は、ある日突然始まったわけではありません。
それは、「私たち」と「彼ら」を分ける、ほんの些細な思考から始まりました。守るべき国民と、そうでない人々。優れた民族と、劣った民族。社会にとって有益な者と、そうでない者。

今回の旅の前に、私たちは数ヶ月前からアウシュビッツ博物館公認ガイドの中谷剛さんと連絡を取り、現地で合流して彼の”ガイドという形の講義”を3時間にわたって聞く機会に恵まれました。

そこで興味深かったのは、絶滅の対象とされた「ユダヤ人」とは何か、ということ自体が、実は誰にとってもはっきりしないままだったという事実です。ある人にとっては宗教であり、ある人にとっては文化であり、またある人は自らをドイツ国民やポーランド国民と強く認識していました。加害者側でさえ、その定義は二転三転する恣意的なものだったのです。

作られた「敵」と、思考停止の危うさ、『自由からの逃走』

つまり、「敵」とは、初めから明確に存在するのではなく、誰かが定義し、作り上げるものなのです。

その曖昧なレッテル貼りは、社会の熱狂の中で正当化されていきました。かつてエーリッヒ・フロムが『自由からの逃走』で鋭く指摘したように、人々は孤独や不安を伴う「自由」の重圧から逃れるため、自ら思考を放棄し、強力な指導者や全体主義に熱狂的に服従する道を選ぶことがあります。

こうしてレッテル貼りは個人の内面からも支持され、人間は人間でなくなり、ただの「処理されるべき対象」へと貶められました。奇しくも『自由からの逃走』は、娘が16歳の時に大きな影響を受けた本です。

 

 

アウシュビッツが現代に突きつける問い

「〇〇ファースト」という言葉が持つ危うさは、まさにここにあります。自分たちの「正しさ」や「利益」を追求するあまり、その輪からこぼれ落ちる他者に都合の良いレッテルを貼り、その存在を軽んじる。そして、自由であることの責任や不安から逃れるために、その単純な二元論に自らを委ねてしまう。その心理は、人間の尊厳を踏みにじることへの抵抗感を麻痺させてしまうのです。

アウシュビッツの収容棟に漂う沈黙は、声高に叫ばれるどんな主義主張よりも雄弁に、私たちに問いかけます。

「お前たちの言う『ファースト』とは、誰を、どのように定義し、切り捨てることで成り立っているのか?」と。

 

愛と排除の境界線で、もがき続ける誠実さ

分断や排外主義が力を持つ現代において、アウシュビッツを訪れることは、単なる過去の悲劇を学ぶ行為ではありませんでした。娘と共に学びたかったのは、他者を「自分たちとは違う存在」として排除した先に行き着く、人類の最も暗い未来の可能性を映し出す鏡を、共に覗き込むことでした。

それでも私たちは、愛する家族や身近な人を「優先」します。私だってそうです。そもそも、私が娘の手だけを引いてこの地を訪れているという行為そのものが、無数の「ファースト」の始まりの一歩なのかもしれません。

大切なのは、その愛情や優先する気持ちを否定することではない。ただ、その自然な行為の延長線上に、かつてここで起きたような悲劇が待っているかもしれないのだと、その危険な可能性を常に意識し、心の中でもがき続けること。愛に基づく「ファースト」が、何らかの組織に利用される可能性があること。

私は、その境目にある葛藤こそが、今を生きる私たちが引き受けるべき誠実さなのだと思っています。

娘と共に学ぶ旅は、本当に深いです。