TEDxのステージから、ちょうど一週間が経ちました。あの赤い円の上に立ち、全身の細胞をフル稼働させて言葉を紡いだ本番の記憶は、一週間が過ぎた今も、色褪せるどころか、より深い意味を持って私の身体に、そして魂に刻み込まれています。

あの日、あのステージで、極めて稀有な経験をしました。それは、「観客の皆さんから、無数のバイオリンの弓を受け取った」かのような感覚でした。客席にいる一人ひとりが、美しく、しかしどこか調律を待っているバイオリンそのものでした。そして、ステージが進むにつれて、
「どうぞ、私たちの五感を奏でてください」
と、何十本もの見えない弓が、私の手へと手渡されていく。時間を追うごとに、一本、また一本と、私を信じて委ねてくれる弓が増えていくような気持ちになりました。実はトークを始める瞬間、私はまったく逆のイメージを持ってステージに立っていました。自分自身を一本のバイオリンに見立て、30数年分の葛藤も、インドの路地裏で流した涙も、喜怒哀楽のすべてを自分という楽器に乗せて、最大限の想いが出るように全力で奏でよう、と。たまたま前週に目にした、若き天才バイオリニスト・HIMARIさんの圧倒的な演奏のドキュメンタリー。そして、彼女のコーチが語っていた言葉が頭をよぎっていました。
そのイメージから「音が途切れた後も、その波動は会場に残り続ける。だからこそ、最も美しい波動をホールに残したい」と。

実は私はTEDx Marunouchiのトークのトップバッターでした。
だからこそ、強く意識していたことがあります。私がこのステージに存在したという”事実”が、ある一定の時間、このホールに目に見えない「波動」として残り続けるように。そしてその波動は、「奥田浩美のトークが素晴らしかった」というような、私のエゴではなく、残すべきなのは、この日のTEDx Marunouchiの根底に流れる、もっと大きくて、もっと純粋な祈り。「Life is beautiful」という、あの場にいた全員の共通の願いが残りますようにと。

私の言葉が終わった後も、圧倒的に温かい空気が、終日あのホールを包み込み、みんなを支え続けるように。だから、”卒業式”を終えた後の私は、自分という肉体を透明にして差し出し、会場という物理的なものと、その場に終日残るであろう観客に愛の周波数を託すことにしました。私に託された18分間、言葉を紡ぎ、間を置き、熱量を放射するたびに、会場のあちこちから聞こえてきた「すすり泣き」の音。その空気の中で迎える”卒業式”、その後の最後のスライド「Life is beautiful」以降は私という個人のエゴや個々のエゴが溶け、エネルギーが流れ出した瞬間であり、会場全体が深い静寂へとシンクロしていくための、美しい瞬間だったと思います。

トーク後にすべてを出し尽くした後に私を襲った、全身の激しい痛み。それは、あの巨大なエネルギーの奔流を、自分という肉体を通して場に流し込み、ホールドし続けたことによる「魂の筋肉痛」でした。自力EMSのように細胞を震わせ、場をチューニングし続けました。本当にやりきった!そしてリアルな場でしか得られない新しいカンファレンスの形も実感しました。
AIがどれほど進化し、正確で効率的な情報伝達ができるようになろうとも、あの日に起きた「場の共鳴」だけは、絶対に代替できません。これからの時代に人間が求め始めるのは、単なる情報ではなく、「この人といると何を感じるか」「なぜここで未来を信じられるのか」という、身体性の体験としての周波数です。あの日、あのホールにいた皆さんは、私のスピーチを「理解した」のではなく、全身でそのエネルギーを「浴びて」くださっていたのだと思います。
相手の人生、相手が何者であるかを属性抜きで尊び、一緒に未来を良くしたいと願う「心」に託す 。 あの日、無数の弓を受け取り、皆さんと一緒に奏でた「Life is beautiful」の残響は、今も私の内側で静かに、深く響き続けています。
あの場にいてくださったすべてのバイオリンたちへ、心からの愛と敬意を込めて。
私たちの未来感覚は、あの日、確かに同期しました。

そして、35年という長い年月、グローバルイベントを作り続けてきた自分の新しい一歩が始まりました。
この場を作ってくださったみなさまに感謝します。
