SusHi Tech Tokyoにて開催のGoogleセッションに登壇
2025年5月9日(金)14:00よりSusHi Tech Tokyo 2025にて開催されたGoogleセッションは、AI×ヘルスケア分野の未来を考える上で、非常に刺激的な時間となりました。
グーグル日本法人代表の奥山真司さん、Ubie株式会社代表取締役医師の阿部吉倫さん、Boost Health株式会社代表取締役の芳賀彩花さんという、この分野を牽引する素晴らしい皆様と共に登壇し、「AI×ヘルスケア分野のイノベーション・エコシステムを支えるGoogleさんの取り組み」についてご紹介いただいた後、「日本のAI×ヘルスケア分野におけるスタートアップのあり方」について、熱のこもったパネルディスカッションを繰り広げました。
その中で私は、株式会社ウィズグループ代表取締役として、また一人の「未来からの来訪者」として、特に2024年6月に厚生労働大臣に提出された「ヘルスケアスタートアップの振興・支援に関するホワイトペーパー」をふまえて自分が感じていることをお話ししました。このホワイトペーパーは、元厚生労働省政務官の塩崎彰久氏と座長の本荘修二氏が中心となり、多くの有志の熱意を結集して作成されたもので、私もその構成員の一人として未来への提言に関わることができました。
本ブログでは、そのセッションの私のパートでお話しした内容を基に、時間の都合上お伝え仕切れなかった内容までさらに深掘りしてお伝えしたいと思います。
「未来から来ました」の真意とは
皆さま、こんにちは。奥田浩美です。
私がどのような場でも自己紹介の際に、少し奇妙に聞こえるかもしれない「未来から来ました」というフレーズを使わせていただくのには理由があります。それは、未来というものはどこか遠い一点で突然現れるのではなく、すでに様々な場所で、まるで「まだら模様」のように少しずつ形を現し始めていると確信しているからです。ある人は誰もまだ着手していない革新的な技術に取り組み、またある人はまだ社会が気づいていない深刻な課題に光を当てようとしています。私は、まさにその「まだらな未来」が生まれる瞬間、誰よりも早く未来の兆しを捉えようと奮闘している方々の元を、分野という境界線を超えて飛び回ることを自らの使命としています。
今回の「ヘルスケアとAI」というテーマも、まさに未来を形作る重要な要素です。前述の「ヘルスケアスタートアップの振興・支援に関するホワイトペーパー」は、そうした未来の種を育むための一つの具体的なアクションと言えるでしょう。このホワイトペーパーに込めた想いや、そこから見えてくるヘルスケア・イノベーションの未来について、皆さまと共に考え、議論を深めていければ幸いです。
AI×ヘルスケアエコシステムの触媒として:見えてきた本質的な課題
この急速に進化するAIとヘルスケアのエコシステムにおいて、私は必ずしも医療分野の専門家ではありません。しかし、幸いなことに現在60近くの政府関連の委員や様々な組織の顧問などを務めさせていただいており、多様な分野の知見や課題意識を横断的に繋ぎ合わせ、新たな化学反応を促進する「触媒」のような役割を担っています。
この革新的なエコシステムを力強く前進させる上で、医療、AI、そしてスタートアップという三つの異なる領域の知見を全て併せ持つ専門家が非常に少ないという現状は、無視できない大きな課題です。そして、人材の側面以外にも、特にエコシステムの健全な発展のために取り組むべき重要な点が二つ浮かび上がってきます。
一点目は、データの利活用という諸刃の剣です。質の高い医療データをいかに効率的に収集し、AIなどで解析するかは、間違いなくイノベーションの根幹を成します。しかしその一方で、個人のプライバシー保護と、データを安全に取り扱うための堅牢なデータ基盤の整備という、時に相反する要求をいかにして両立させるかという難問が横たわっています。このバランスを欠いたままでは、社会からの信頼を得ることはできません。
二点目は、イノベーションを促進するための規制のあり方です。AI技術を応用した医療機器や、近年注目を集めるSaMD(Software as a Medical Device:プログラム医療機器)の開発においては、その有効性と安全性を担保しつつ、迅速かつ適切な承認プロセスが求められます。しかし、技術の進歩のスピードに現行の規制が必ずしも追いついておらず、イノベーションの足かせになりかねないケースも散見されます。斬新なアイデアを持つスタートアップが、複雑な規制の壁に阻まれてしまうのは大きな損失です。
国や自治体は、こうした前例のない分野において、明確かつ柔軟なルール作りと、「個人情報」と「データ」の法的な定義といった、より根源的な課題に真摯に向き合う必要があります。さらに国だけでなく、企業もまた、異なるシステムに分散して存在する貴重なデータを繋ぐための標準化の推進と、巧妙化するサイバー攻撃から医療情報を守るための強固なセキュリティ技術の開発が急務となっています。このような状況下で、未来への明確なビジョンを掲げ、まだ見ぬ未来を切り開く航路図を描くのがスタートアップの役割だと私は考えています。彼らが放つ未来への熱いビジョンは、既存のプレイヤーたちを巻き込み、共に行動するための強力な原動力となり得るはずです。私は、その熱い想いを一つでも多く社会に届け、実現を後押しする役目を果たしたいと願っています。
「越境人材」こそが、AI×ヘルスケアの未来を拓く
AI×ヘルスケアという、まさに学際的な分野で最も不足しているのは、AIの専門家だけでも、医療の専門家だけでもありません。それぞれの専門領域の壁を臆することなく乗り越え、複雑に絡み合った課題の本質を見抜き、その解決に深くコミットできる「越境人材」なのです。
専門外の領域に足を踏み入れる際に感じるであろう違和感や不安を恐れるのではなく、むしろそれを成長の糧とし、両方の視点を持つことで初めて、現場の真のニーズに応える革新的なイノベーションが生まれるのです。私たちが今、心から求めているのは、そのような尽きることのない「知的好奇心と、それを形にする行動力」を兼ね備えた人材に他なりません。
ホワイトペーパーを作成する過程で、多くのスタートアップ経営者の方々からヒアリングを行いました。その中には、認知症×脳科学×AIという最先端のテーマに取り組む企業や、介護現場における排泄ケア×AIという非常に人間的な課題に取り組む企業のCEOがいらっしゃいました。驚くべきことに、彼らは必ずしも医療分野やAI領域の専門家としてキャリアをスタートしたわけではありませんでした。その中の一人のCEOとは、彼がまだ起業して間もない10年以上前から、グローバルなアクセラレータプログラムを通じてメンターとして関わらせていただいています。
アクセラレータやメンタリングプログラムは、個々人が内に秘めているポテンシャルを、外部からの新鮮な知見や多様なネットワークと結びつけることで、爆発的に開花させる力を持っています。まさに彼らは、そうしたプログラムや出会いを経て、自身の内なる可能性に点火し、専門分野という壁をあたかも無重力空間を漂うかのように軽々と飛び越え、社会が抱える根深い課題に対して、最も効果的で人間中心の解決策を提示するパイオニアへと成長を遂げたのです。彼らのサクセスストーリーが鮮やかに示すように、眠っていた才能は、適切な触媒と、時には厳しいながらも愛のある刺激によって、私たち自身が驚くほどの速度で開花する可能性を秘めているのです。Google for Startupsなどが提供されているプログラムも、まさにそのような素晴らしい機会を提供するものではないかと拝察いたします。
未来への展望と期待:専門領域の壁を壊し、「共進化」の輪へ
皆さん、どうか臆することなく、ご自身が慣れ親しんだ専門という「心地よい領域(コンフォートゾーン)」から、勇気を持って一歩踏み出してみてください。AI×ヘルスケアという、無限の可能性を秘めた未来は、医療の専門家やAI技術者だけのものではありません。むしろ、哲学や心理学、社会学、倫理学、そしてコミュニケーション学といった、一見すると直接的な関係がないように思えるかもしれない多様な分野の知恵と情熱が結集することで初めて、本当に人々の心に深く届く、血の通った「温かいイノベーション」が生まれるのだと、私は固く信じています。
冒頭で「未来から来ました」と申し上げましたが、それは特別な能力があるからではありません。未来を「まだら」に、少しずつ、しかし確実に創り出している多種多様な分野の人々の仲間に入れていただき、その息吹を肌で感じているからです。皆さんも、ぜひその仲間入りをしてください。そして、ご自身が持つ固有の能力だけでなく、外部からもたらされるもの、それはAIのような先進技術も含みますが、そういったものにエンパワーされる能力、すなわち新しい力を受け入れ、自己成長に繋げる能力を磨きましょう。
これからの変化の激しい時代において、特に重要になるのが、外部の知識やネットワークを自身の力へと能動的に変容させ、共に進化していく「共進化力」です。「共進化」とは元々、花と鳥の関係性のように、異なる生物種がお互いに影響を与え合いながら、より高度な存在へと進化していくという生物学の用語です。このダイナミックな「共進化」の波に乗り、それぞれの専門性や経験を持ち寄り、刺激し合い、まだ見ぬ素晴らしい未来を、皆さんと共に創り上げていけることを心から楽しみにしています。