特権に気づかない特権階級:あなたが保持している特権は何か

特権に気づかない特権階級:あなたが保持している特権は何か

【奥田浩美ブログ】

今週、鹿児島の同じ中学校の後輩を呼んでホームパーティーをした。
鹿児島市のヤンキーの多かった公立中学校からスタートアップが何人か出現しているということで、後輩を呼んで食事会。ヤンキーが多かったと思っていたのは私だけではないようで、Googleの検索ワードでも中学名を入れるとヤンキーという言葉が出てくるほど。とはいえ、こんなメンバーがいて誇らしいので、あえて学校名を明らかにしておく。

鹿児島市立武中学校、鹿児島中央駅から1.5Kmくらいのところにある中学校だ。

そんな公立中学校からまさかの500 Kobe採択企業:デンタライトや、電気自動車充電スタートアップ:ユアスタンドとか。普通の公立校でこの出現率は何なのだろうか。本当に不思議だ。

そこで話題に上がったのが、あの中学時代に机を並べていた”やんちゃなグループ”って東京のこのど真ん中にいる層から全く見えない層になってしまっているよね、ということだった。

先日ブログに「近くの人が透明になっていく感覚」 というブログをアップしたけれど、まさに階層ごとに見えない世界があって、同じ場所で別々のカプセルの中で暮らしているような世界が出現してきている。

そのカプセルの中のコミュニティにいると格差も見えなくなっているし、逆に「持てる者」たちの側が持っている自分たちの特権すらも見えなくなってきている。

4月に上野千鶴子さんの東京大学のスピーチが話題になったけれども、それに通じる世界だ。

海外では privilege (特権)ということが最近話題になっている。

人種や生まれにより、生まれた時点で有利になっていることが非常に多く存在するのに、その立場にいるものが自分が「環境」によって有利であることに気がついていない。

一方で環境の差を意識しているのは、その環境にあやかれなかった者の側で優位な側からは見えていない。そんな状況をうまく表現している動画をメリービズの工藤さんが紹介してくれた。

ここからの日本語の説明は工藤さんがFacebookで紹介していたものだ。

このビデオは、大学で100ドルをかけて、駆けっこをしよう!というところから話ははじまる

「ただ、これからいうことにあてはまるものは2歩進んで欲しい」
「両親がまだ結婚している」
「母子家庭ではなかった」
「私学で教育を受けたことがある」
「家庭教師をつけてもらったことがある」
「携帯電話が使えなくなることを心配したことがない」
「家族のために働いた経験がない」
「スポーツ選抜で奨学金を受けていない」
「食べ物の心配をしたことがない」


無邪気に前にどんどん大股に二歩ずつ歩く、主に白人の学生。
最後に振り返って欲しいと言われて、大きな差、そして後ろに残る学生を見る
Privilege は受けていると気がつかない
殆どのことは実は生まれた瞬間に決まっていたりする

それを変えるのは、それを自覚し、その特権を自分たちのためではなく、世の中のために使うものだ

特権というものがよくわかる一方で、この動画を見て感じたことがある。

こういうことを日本の学校で行ったらどうなるだろう?

弱者をあらわにするなんて弱者がかわいそう、あるいは、離婚を負に捉えるなんて失礼だ、母子家庭を弱者とするなんて失礼だとか、細部への批判が沸き起こり、この動画は日本だと炎上するかもしれない。

弱者が弱者たる理由をとことん深掘りする前に、弱者を遠ざけていきがちな日本社会。

弱者を遠ざけて、自分がいる環境を「普通」とする。「普通」の人々はそのコミュニティの中だけで育つので、「privilege (特権)」を自分が持っていると思いもしない。

特に東京という地域の、幼い頃から学校で切り分けられていく社会においてはそれが強い。

だから、東大の入学式で上野千鶴子さんもそれを指摘したのだけれど、自分たちのコミュニティ以外の人間をあまり見たことのない学生にそれがわかったのだろうか。

自分が持っている特権ってなんだろう?

そういうふうに改めて自分の特権を考えてみよう。

そして、「privilege (特権)」を持っているのに自分は弱者の社会から逃げてないだろうか。

「privilege (特権)」は自分のために使うのではなく社会のために使う。

その言葉は他人事のように感じてはいないだろうか。

そんなことをこの動画を見ながら感じるとともに、田舎の公立中学校で経験した幅広い社会の実感を、今こそ社会で生かさねばと強く思った。

 

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